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店長ブログ | ピアノ♪♪

ピアノ♪♪

2020/11/09 14:44

何もかもを、鍵盤に叩きつけてきた、青春の日々…。
とか言いてたいです。

私は確かにピアノ、習ってました。
6年間も。
小学校の1年から6年まで、真剣に通って、
ピアノを習って、
まさか自分が習ってるものが、ピアノじゃないかもしれないなんて、
思いもしなかったです。
そして小6のある日、
何人かの友達と下校してるときピアノの話になった。
「今バイエルのどこやってるー?」
「すげー」
「早くないー?」
この最後の「早くないー?」ってセリフは間違いなく私が言ったんですが、一種の賭けみたいなもんでした。
通学路の角で別れて、親しい友達と二人きりになったとき、
「で、バイエルって何?」
って聞きました。
バイエルなんて、6年のピアノ人生で、一度も耳にしたことなかった。
その質問を投げかけた瞬間、
友達があまりにも信じられない表情をしたので、
「いや、だからー、あなたにとってのバイエルって何?」
みたいなニュアンスに方向転換して乗り切りました。

何かが、おかしい・・。

で、家に帰って、両親を突き詰めて、
初めて自分が習ってたものが、オルガンだったことを知りました(笑)。
まず、ピアノですら無かった。
で、6年も師と仰いできた人、ピアノ講師じゃなかった。
ただの文房具屋のおばちゃんだった。
そして、私が教本としてやってきた曲、
全部、文房具屋のおばちゃんの旦那自作の歌だった。
月謝、お米券で支払われてた。

こうして、私は6年間習い続けたピアノ(もしくはオルガン)を辞めました。
右手でメロディーを弾きつつ、
左手でも同じメロディーを弾くことに疑いすら持たなかった6年間。
酒井文具のおばちゃんの
「これがダブルメロディーだから!
 これがダブルメロディーだから!
 おばちゃん 考えた技だから!」
だけを信じてやってきた6年間。
転機はその6年後にやってきた。
高校最後の合唱コンクール。
クラスでピアノ伴奏者を決める学級会。
私は、好きな女子と席替えで奇跡的に隣の席になるというビックイベントにすっかり浮かれて、
浮かれきって、
「ピアノ」なんて言葉が飛び出した日にゃー思わず
『実は私も6年間、ピアノやってたんだー』
とか、もう、言うっきゃないですよね。
間違っても選ばれっちゃったりしないように、
なんなら小鳥が窓辺で おしゃべりしてんじゃないかなーぐらいの声で、
言ったんです。
盲点としては、
うちのクラスは、たまたま他にピアノ経験者がいないという
芸術的に全く恵まれないクラスだったってこと(笑)。
10分後には、すっかり唯一無二のピアニストとして
軽く祭り上げられてたとしても、誰も私を責められないよねー。
そのときには、もう何か、小声で
「そういえば、ピアノっつーかオルガンだったかなー?」
とか言っても、歓声にね、完全に かき消されてました。

で、演題なんですけどー
知る人ぞ知る『大地讃頌(だいちさんしょう)』でした。
楽譜・・えらいことになってた。
いや、これはさすがにやりすぎでしょ?っつーくらい音符ついてた。
親の仇かっつーくらい音符ついてた。
またまた〜こんなに鍵盤無かったでしょ〜っつーくらい音符ついてた。
ダブルメロディーで補える範囲は、間違いなく超えてました。
で、まぁ・・えっと・・合唱コンクール当日なんですが、
朝、起きたら・・・
えっと朝起きたら、とても、起きちゃいけない時間でした。
例えば、どのくらい起きちゃいけない時間かってことなんだけど、
窓の外見たら、朝ですら無かった。
軽くまっくらでした。
日・・落ちんの・・早くなったなあ・・なんて。
いや、何か、お腹が・・結構、痛かったかもしれないかなって、
で、まぁ、主役不在の合唱コンクールが
一体どうなったかなんですけど、
クラスメートたちの『大地讃頌』後日談 
『もうさー、高校最後の合唱コンクールつったら、
 青春じゃん?
 友情じゃん?
 なんつって燃えたよね。
 音楽の先生とか、他のクラスの伴奏者とかね、
 寄せ付けないくらいの友情発揮したよね。
 なのに、ほんと、こねぇーし。』
『結果、うちのクラス、アカペラ。
 高校始まって以来の「大地讃頌」アカペラ。
 みんな死んだ魚のような目と抜け殻のような声で、
 アカペラっつーより、ある意味のゴズペルだった。』
『大地讃頌っつーか、参照できるもんなら、いっそ
 前のクラスのを是非参照していただきたかった。』
『もちろん伴奏ないから出だしはバラバラ。
 俺は痛恨のフライング。
 緊張しすぎて、しかも裏声。
 ちょっとしたオペラっぽかった。』
『なのに、
 1人オペラが混ざる中、肝心なソプラノは、
 高さに負けて途中で音程下がっちゃって
 最終的にアルトより低いとこ歌ってた。』
『結果、全くハモってなかった。』
『しかも、大地讃頌は
 他のパートが結構ちがう歌詞を歌うのがおもしろみで、
 そしてそれが合わさった時初めて歌になるにも関わらず、
 もう、アルトもテノールも自分がどこ歌ってるか分からない
 全くの手探り状態。
 バスなんか一足先に歌い終わっちゃってた。』
『バス残り1分間 棒立ちだった。』
『バスが終わったせいで、焦って指揮は早くなるし、
 みんなも焦って早くなって、
 最終的に大地讃頌、ちょっとラップっぽくなってた。』
『さだまさし かと思った。
 って見に来た両親が言ってました。』
『完全に自信を無くした最後の見せ場の
 【母なる大地を ああ
  讃えよ大地を ああ】
 は、ちょっとした喘ぎ声かと思うくらいだった。』

えっと、みんな普通に結構、次の日クチきいてくれなかったので、
後日談を聞き出すまでに5年くらいかかりました。

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