店長ブログ

タイの機内食♪♪

2021/02/17 20:30|コメント:0件

写真は数年前にタイに行った時の機内食ですが、この、米と一緒に出てきた、米の左側の緑掛かった黒色の食べ物は極めて独特の臭いを放ち、その味は、我々日本人の想像を遥かに越えるものでした。「井戸」のような味がしました。
 これまでの人生を振り返りますと、井戸を食べたことはまだ一度もないわけですが、そんな井戸経験の浅い自分でも、かなりの自信を持って井戸味だと断定することが出来ました。食べ始めた時は井戸の放つ特有の下水道臭に圧倒され、スプーンを持つ手が凍りましたが、飢餓に身を任せ、そして自分に「これは旨い、最高じゃないか」と言い聞かせて強引に食べ続けているうちに次第に井戸への理解が深まり、癖のある下水の味が意外と白米とマッチすることに気付き、最後は、無類の井戸好きを誇れる域に到達しました。
 一方、米を挟んで右側のオレンジ色の食べ物は、こちらは、さらに想像を越えた味をしていました。“肉ジャガ” という料理をベースにして、これを、最もやってはいけない方向に極め抜いてしまった、反骨のマスターピースでした。恐らく我々日本人が全く食べ物として認識していない雑草の類は相当ふんだんに入っていましたし、珍味な食材をグツグツと煮込んでから入念に炊き込み、そそくさと焼き上げてからいそいそと炒めて出してきたんだと思います。食べ物としての評価は最低レベルですが、武器として考えるのであればそれなりの評価が為されても良い代物ではありました。こん棒よりは殺傷能力がありそうでした。
 食べ始めた瞬間は荘厳なる肉ジャガの放つ崇高なる腐敗臭に圧倒されましたが、飢餓に身を任せ、そして自分に「これは旨い、絶品じゃないか」と言い聞かせて強引に食べ続けました。しかし、非常に残念ながら、最後まで "肉ジャガ" の魅力を理解することは一切出来ず、決して完食することはなく、吐き気を催したまま終わってしまいました。
 これら機内食から学んだことは、先ず一つは、「だいだいの事は気の持ちようでどうにかなる」ということです。「井戸」味というのは普通に考えれば食べられたものではありませんが、食べられると思って食べているうちに、あ、意外と俺井戸好きだわ、となったわけです。
 もう一つは、「気の持ちようでは突破出来ない肉ジャガがある」ということです。肉ジャガに限定された話ではなく、さらに一般化できます。この世には、気の持ちようではどうにもならない領域が存在するようです。そしてさらに重要なこと、それは「気の持ちようで変わることか、それとも身体の芯から受け入れられないものか、最初の一口ではよく分からない」ということです。
 「井戸」も「肉ジャガ」も、一口目では同程度の不快感を放ち、その段階では、どちらもその時の自分にとっては、にわか受け入れがたいものだったのです。ただしその時の不快感は本質が異なっており、一方は先入観もしくは経験不足によるもので、もう一方は構造的な問題(もはや変えられない自分自身の何か)によるものでした。これらの経験を踏まえ、今後の人生で、何かとても不快な事や不快な物に出くわした時は、先ずは自分の経験の浅さを徹底的に疑い、気分を変えて鬼のように突破や調和を試み、本当に死を感じた場合にだけそれを止めることにしました。

アンパンマンの実写化♪♪

2021/02/16 23:28|コメント:0件

アンパンマンって実写化されないですよね。その理由を考えてみました。 
 まず彼の性癖の1つである、「自分の脳味噌の一部を切断し他者に受け渡す」というこの行為は、およそ道徳的観点から許される所業ではないでしょう。戦慄のお裾分けです。狂気の沙汰です。この、肉体の一部を見知らぬ第三者に擦り付けるというこの行為を、これをよかれと思ってやっている場合は、有難迷惑の権化、または臓器売買の申し子です。
 一方、見知らぬ男性からおもむろに提出された頭部の肉片を、受け取る方も受け取る方です。腹が減っていた。では済まされないです。ゲテモノ喰らいの化け物、または食人鬼の末裔です。  
 さらにこのアンパンマンは、ニュートン力学の法則を根底から覆し、突然、容易く浮遊してみせます。非常に危険です。何の躊躇もない、説明なき、前触れなき浮遊です。
 「未確認浮遊臓器提供者」です。
 そして極め付けに、ジャム–オジサンを名乗る黒幕、戦慄のマッドサイエンティスト “Dr. Jam” による、生首移植というオペが恐怖を加速させます。生首を片手にした白髪の老人が、頭部の一部を失い瀕死状態の臓器提供者に向かい、
 「新しい頭だよぅぅぅうう?」と囁きながら接近していくあのシーンはまさにジャパニーズホラーの真骨頂と言えるでしょう。
 アンパンマンは、これら空中浮遊や臓器移植にみられる圧倒的な技術力を保有しながらも、最終的に刺客との殺し合いのシーンでは、最新の化学兵器の類ではなく 「アンパンチ」 と呼ばれる右フックを主体とした素手での戦闘に終始します。このことから彼のルーツがボクシングであることが分かります。
 これでは実写化は無理ですね(笑)
少し前に、偶然web関係者っぽい人とお会いさせて頂くことがありました。私の実力不足もあり残念ながら彼のインターネットに関する話は殆ど理解出来なかったのですが、彼の話で1つだけ印象に残っているものがあって、それはwebで記事を書くに際しては「タイトル付けが最も重要」だと言うことです。
 彼曰く、殆どのwebの読者はタイトルだけでその記事を読むか読まないか判断するのだそうです。そして彼によれば、本当に記事を読ませたいと思っているライターは、タイトル付けに最も時間を割くと言うのです。
 さて、彼の教えではタイトルを付けるに際し非常に有効な「常套手段」が存在するらしく、それをタイトルに入れるだけで魔法のように人を記事に引き込むことが出来るそうです。それが、以下の2つの構文です。
「〜のみが知っている、たった1つの真実」
「〜なもの、5選」
 この、“たった1つの” という大胆な強調や、“5選” というような選んでますよ感が読者の目に留まり、そのタイトルを付けるだけで多くの人が記事をクリックしてしまうらしいです。また、「3つの理由」「4つの方法」等、数字を出すことも凄く大切。たしかに、言われてみればそういうフレーズはよく見ます。
 更に、そこに “成功” や “収益”、“モテる” といった人々の興味関心を刺激するワードも入れておくと、なお良いと言うのです。そんな掟があったとは。
 しかし、これらの法則を聞いた瞬間、聡明な私は瞬時に気付いてしまいました。この世で最も読者を引きつけるタイトル、 
『成功者のみが知っているたった1つの真実、5選』
これだ。タイトルのどこを見渡しても “強調” と “厳選” と “数字”だらけで、一切無駄のない構成。恐らくこの広大なwebの世界に散らかっている数多の記事の中でも一際輝く、極めて目を引くタイトルだろうと思います。まずもってこの、「たった1つ」しかない事柄を「5つ」発表します、という独特な世界観が素晴らしい。とても近未来的です。きっと「5選」と言うからには、成功者のみが知っているたった1つの真実は合計で200個くらいあって、そこから5つを選んだということなんでしょう。だいたい、なんで成功者「のみ」が知ってることなのに、成功者でも何でも無い凡夫の私が知っているのか。なぜ、一般人である私が満を持してドヤ顔で発表してきたのか、この点も興味をそそります。完全無欠なタイトルと言わざるをえないです。
 どうでしょうか?みなさんのお役にたてば、幸いです。
 

漫画キングダム♪♪

2021/02/13 12:29|コメント:0件

幽遊白書を久しぶりに読んだのですが、幽遊白書は読むたびに新しい発見があるが、今回の一読による新たな気付きはと言えば、戸愚呂という男が「えげつないマッチョ」であるということです。
 一通り冨樫様の世界に浸って身を清めた後は、読んだことのない漫画を読んでみようと思い “キングダム” を呼んでみました。キングダムというのは春秋戦国時代の中華を描いた漫画です。
 読み進めていくうちに、一つどうしても拭いきれない不安が押し寄せてきました。それは「視力」に関するものであり、簡単に言えば、「視力の低い人、戦場で、大丈夫なの?」というシンプル且つシンプレストな疑問です。
 キングダムという漫画では、国同士が、互いの領土を侵略すべく激しい戦争を繰り広げています。紀元前ではあるものの、すでに剣や槍の技術は充分に発達しており、甲冑に身を包んだ猛々しい戦士達が群で殺し合いをしています。しかし、「眼鏡」や「コンタクトレンズ」といった技術は、皆無です。武装を施すことに躍起になり暴力面は充分過ぎるほどに強化されているが、一方、「視力」サイドは完全な置き去りなのです。視力が悪いとそもそも、どっちが敵でどっちが味方か、皆目検討もつかないと思います。とにかく近くにいる人型の物体に見境なく斬り掛かることになるでしょう。戦術にも組み込めないし、自軍にも襲いかかる。「純粋に迷惑」という理由で味方に殺されるに違いないです。この問題は、かなり深刻なものだと思う。紀元前とはいえ、目の悪い人間など、いくらでもいたはずなのです。怒号をあげながら敵味方関係なくブンブンと矛を振り回す視力0.01の怪力。制御の効かなくなったバイオ兵器でしかない。偶然周りに居合わせた味方の「アンラッキー」たるや、そのまま殺されたのだとすれば御親族の皆様は悔やんでも悔やみきれないでしょう。そして、仮にそんな目の悪いマッチョが何十人もいたのだとすれば、もはやそれは戦争どころではないのです。
 だいたい、一騎打ちをしている時に、「相手の剣筋がどうのこうの」みたいな話がよく出てきますが、あの話一つとってみても「充分な視力」を大前提にしています。凄まじい剣さばきだとか、中華でも指折りの槍つかいだとか、何やら凄そうな技の使い手だとか色々と出てくるが、正直、目の悪いやつからしたらそのへんの死にかけのジジイの一振りですらかなり致命的です。 
「な、、、、なんだこの男の剣筋は、、!? 剣が7本、、、いや8本に見える!!!これはまさか中華に伝わる、、、秘技?!!?こ、こやつ、、、まさか、、、??!?!?!」
 相手が戦争経験のない腰の引けた瀕死の凡夫だとしても、こちらの目の悪さによりその剣筋はたちまち “秘技” のそれとなり、こちらからは逐一、律儀に過大評価を差し上げることになります。戦う敵、戦う敵、「奴は中華でも指折りの使い手だった」「奴もまた中華でも指折りの使い手だった」と、入念に指折りの使い手として自軍に伝えることになるだろう。そいつはいったい何本指がある前提で話しているのか。中華でも指折りの指の数です。
 あの、敵軍の動きを大将に伝えにくる役目の人。あの人達の視力は一体、どうなってるのでしょう。
「敵兵襲来!!その数、5,000!!!」
とか言って興奮してる伝令兵みたいな人、よくキングダムに出てくるけど、正直、こちらの感想としては「なに?!5,000もいたのか!?!?!」ではなく、「お前、よく5,000だと分かったな!!!視力スゴ!!」です。 
 視力0.02の男があんな役目をおってしまったら、どうなるのか 
「恐らく敵兵と思われるが自軍の可能性もあり一般人の可能性も否定できない人間の群とおぼしき砂煙的な何かが西もしくは東に移動しているのを発見!!!あれがもし人間だとすると、その数、なんと200以上!!500万未満!!!アルパカの可能性もあります!!!」
間違いなくこんな感じです。これでは何の情報も入手できていないに等しい。ただ自軍に混乱をもたらしただけです。
 一人取り残されてしまった戦場で、ドッッッッカアアア〜〜って自分のとこに近付いてくる1,000騎くらいの騎馬隊を見て、
「う〜わ、え?あれ、味方の援軍なのかな?敵兵?どっち?さすがに援軍だよね?」となってしまった人間の緊張感たるや、それはもう筆舌に尽くし難いです。30メーターくらいまで近付いて来てもまだよく見えず、逃げるでも喜ぶでもなく手を振ってみたりピースしてみたり色々やって、5メーターのとこまで来て、「いや敵なんかああああ〜〜〜い!!!ww ええかげんにせえ!!ww もうええわ!!ww どうも、ありがとうございました〜〜!!!!」っていう人生の幕引き本当に嫌ですよね(笑)

味覚音痴♪♪

2021/02/10 14:51|コメント:0件

数年前、富山県に旅行に行ったときのことです。富山でも有数の寿司屋を数カ月前に予約していました。カウンターしかないその寿司屋の空気感は厳かを通り超えて霊験あらたかであり、その物々しさに気圧されて我々一同は身構えました。回らない寿司屋では寿司の前に刺身のようなものが出てくる。まずは特性のタレで入念にコーティングされたマグロの刺身に、見たこともない草、つまりナゾノクサが添えられた豪勢な一品が姿を現しました。食べてみると、ウマい。“うまい” 以上の感想は出て来なかったが、何か気の効いたコメントを残さないといけないと思い、「うわあ、富山のマグロは全然食感が違いますね、それでいてこのマグロならではの甘みというか旨味、これは絶品ですわ」と一丁前にウナってみせた。ブリでした(笑)。
 ブリです。という大将の声が宙に舞う店内の空気は絶品中の絶品でした。「最初に出てくるのはマグロだろう」という謎の先入観による痛恨のミス。言われてみれば、味以前に、見た目が少しマグロとは違いました。パニックに陥った私は「おお、これがブリですかぁ.. なるほど、これはブリとは思えないほどウマいですね」という一発逆転狙いのコメントを放ちました。直後、これではただブリをdisっているだけであることに気付きました。これだけの高級店で最高級のブリを堪能しておきながら、口を開けば「ブリのくせしてウマい」という謎の上から目線。
 ほどなくして、ウニが出てきました。さすがに、ウニを見間違えることはない。どっからどう見てもウニ。ウニはウニ。食べてみると味もウニだった。ウマかったです。満を持して、「いやあ、北海道で食べたウニも美味かったけどやっぱ富山産のウニは段違いですわ」と大きめの声でウナってみせた。北海道産のウニでした(笑)。
 この問題に関しては、さすがにお手上げです。マグロとブリを間違える奴が、ウニの産地、分かるわけないです。「はっはっは!やっぱり北海道のウニは最高だああああ!」 開き直り天に向かって拳を突き上げ、高笑いしてみせたところ、大将は突然笑いました。こいつはダメだと思ったのでしょう。懐の深い人で良かったと思いました。
 自分の味覚レベルを痛感するタイミングは、日常にごまんと存在しています。例えば、フレンチを食べている時、肉には赤ワイン、魚には白ワインを勧められるが、“肉”と“赤ワイン”が一体どのようにシナジーしているのか、到底理解が及ばないです。
 加えて、「お口直し」として出てくるあのシャーベット。あれは、何でしょうか?あんなものが必要だと感じたことは一度もないです。「お口を直したい」という考えが顔をのぞかせたこと自体が皆無。というか本当にお口を直したいなら、“お口直し” なんていうその場凌ぎの対処ではなく、しっかり歯磨きに行くべきでしょう。前菜、スープ、魚料理、ここで一旦席を外し歯磨きをしてから、肉料理。というコースになりますよね(笑)。