気づけば四十歳を過ぎ、同世代の男は少しずつ自分をおっさんと称しはじめました。しかし、私にはどうもおっさんとしての自覚が生まれないのです。ほとんど人に会わない生活をしていることも大きいのでしょう。ひとりでいると年齢感覚がアップデートされないため、なんとなく自意識は二十代で止まったままになっています。
ただ先日、ふらっと立ち寄った天下一品でラーメンとギョーザを食べながら店内に置かれていたプレイボーイの水着グラビアを眺めていたとき、「いや俺おっさんじゃん」と衝撃を受けました。自分の状況を俯瞰して、「こいつ完全におっさんみたいなことしてんな」と。何の言い訳もきかない姿でした。
その意味で、「おっさん」というのは非常に文化的な様式だと言えると思います。いかにもおっさんめいた言動が人々のイメージとして共有されており、自覚的にせよ無自覚にせよ、そのイメージをなぞったときに人はおっさんとなるのではないでしょうか。そして、天下一品でラーメンとギョーザを食べながら週刊誌のグラビアを眺めるというのは、まさに文化的に登録されたおっさんらしさの典型と思います。
これをフィギュアスケートのような競技としてみるならば、天下一品でラーメンを食べることで点数が加算され、さらにギョーザを頼んだことで加点、店に置かれたプレイボーイを手に取ったことで加点、若い女の水着グラビアを見たことで加点、といったところでしょうか。審査員がピッピッピと点数を入力していく光景が目に浮かびます。
ただ、注文時に「ラーメンはこってり? あっさり?」ときかれて、「あっさり」と即答したのですが、あれ、減点されてたと思います。おっさんなら、こってりでしょう。審査員も舌打ちしたでしょうね。萎えるような凡ミスだし。
ただ先日、ふらっと立ち寄った天下一品でラーメンとギョーザを食べながら店内に置かれていたプレイボーイの水着グラビアを眺めていたとき、「いや俺おっさんじゃん」と衝撃を受けました。自分の状況を俯瞰して、「こいつ完全におっさんみたいなことしてんな」と。何の言い訳もきかない姿でした。
その意味で、「おっさん」というのは非常に文化的な様式だと言えると思います。いかにもおっさんめいた言動が人々のイメージとして共有されており、自覚的にせよ無自覚にせよ、そのイメージをなぞったときに人はおっさんとなるのではないでしょうか。そして、天下一品でラーメンとギョーザを食べながら週刊誌のグラビアを眺めるというのは、まさに文化的に登録されたおっさんらしさの典型と思います。
これをフィギュアスケートのような競技としてみるならば、天下一品でラーメンを食べることで点数が加算され、さらにギョーザを頼んだことで加点、店に置かれたプレイボーイを手に取ったことで加点、若い女の水着グラビアを見たことで加点、といったところでしょうか。審査員がピッピッピと点数を入力していく光景が目に浮かびます。
ただ、注文時に「ラーメンはこってり? あっさり?」ときかれて、「あっさり」と即答したのですが、あれ、減点されてたと思います。おっさんなら、こってりでしょう。審査員も舌打ちしたでしょうね。萎えるような凡ミスだし。